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会社案内

当社の歴史

 

創業者である東條代助は、1876年(明治9年)に山形に生まれ米沢工業専門学校(現:山形大学工学部)にて化学染料を使った最新の染め技術を学んだ。後に宮城県古川郡役所で巡回講師として働いた。その後1903年(明治36年)に岩手県染織講習所にて職人の人材育成に努める。 化学染料・藍染め・植物染料・鉱物染料の指導 県内の各地も巡回講師として普及指導をした。

 1908年(明治41年)32歳の時に、代助が生涯盛岡で生きることを決意し、今の紺屋町に創業をしました。当時、紺屋町には14軒もの染物屋があり城下町の担い手になっていました。絹や麻を中心に染め、また着物・半天・手拭いの需要が多かったと聞きます。二代目新太郎は、昭和16年に岩手県半天商業組合の設立・初代理事長を務め岩手の代表として業界へ貢献した。三代目信夫は、東京・神田で浴衣や手拭いの修行し衣類の染や半天・のぼり・手拭いを主に製造していた。その後、昭和26年に有限会社巴染工場を設立する。また、平成3年に岩手県卓越技能章を授与。平成7年には勲七等青色桐葉章を叙勲いただきました。

 4代目の弘は、昭和39年から家業に専念し、ドイツの染色方法であった反応染料による染色技術を習得し業界へ広めていった。染色方法も時代とともに変化し続けてきているのが特徴である。また、平成19年に4代目弘は5代目誠へ引き継ぎ、第2工場を設立し企業の発展に努め今日に至っております。同年、巴染工株式会社へ社名変更をしました。わが社は、103年間という歴史において、染を通じて地域の皆様に支えられて今日まで続けてこられたことに多大な感謝をしております。


顔写真など

経営理念

 

私たちは、日本の伝統文化である

染の技術を提供し価値ある印を咲かせます

わが社の染の技術とは、会社(経営)・店舗(営業)・工場(製造)の全てが輪になって一つの製品を生むことです。

その技術である印染製品を提供することで、その地域が賑わい・繁栄していくことです。

 

  

私たちは、幸せな社会を築くため

世界中の人々に日本の美を咲かせます

わが社は、衣・食・住である生活の最も基礎となる条件全てに必要とされた仕事を担っています。

食・住は人間以外の動物全てが行いますが、衣は人間のみが行ってきた様式であります。

食では、布で食べ物を漉し、食器洗いや手を拭く事にも使われます。

住では防寒や日除け・のれんやカーテンなどあらゆる住に関わります。

そして、衣は体を守り、美を求める人間のみが衣を身につけます。

わが社は日本の衣・食・住を世界に広めていくことで幸せな社会を築いて参ります。

  

私たちは、満足人生を創造するため
社員と共に愛と夢を咲かせます

満足人生とは、社員の家庭や家族が幸せになり、やりがいのあるわが社の仕事を通じて、充実した人生を送ることが出来ること。

そのために、みんなで力を合わせ愛情とワクワク楽しい夢の実現をします。

 

会社概要

 

 社名 巴染工株式会社
TOMOE SENKO Co., Ltd
 事業所 〒020-0885 岩手県盛岡市紺屋町5-32
TEL 019-622-5334
FAX 019-622-5310
 代表者 代表取締役社長 東條 誠
 創業 1908年
 事業内容 昇華転写プリント・各種染め物(印染)・印刷物に関する製造、販売、企画
 従業員数 26名(平成25年3月現在)

 

周辺地図

 

MAP

 

屋号について

 

当家2代目新太郎のとき、商人(生糸・糸の売買)・機(はた)屋・染物屋(糸染)の三者で「三ッ巴」になって商売に精を出し、基礎を築きました。
いわゆるそのときの意気込みを後世にと「巴」を屋号として残し今日に至っております。
燈籠

 

 

 

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〒020-0885 岩手県盛岡市紺屋町5番32号 巴染工 株式会社